前川城跡(川崎城・川崎要害) 前川字館山

 砂金(いさご)氏11代常房(実常)が慶長13(1608)前川城を築城、元禄15(1702)まで居城した。砂金氏没後、伊達氏は最上境の要衛として伊達一門(川崎伊達氏)を配し、笹谷街道沿いの備えに万全を期した。仙台藩21要害の一つ。本丸(現城山公園)二の丸(現川崎小学校と畑地)東南部に大手門口、北面に搦め手口、東西100間、南北40間。土塁や空堀も一部残っています。現在は春には桜の名所として知られるなど四季を通して人々の憩いの場となっています。城跡周辺の町割りもほぼ当時のまま残っており、本丸から望めます。

 

慶長13(1608)年築城 1608年~1702年 砂金氏 ⇒ 1722年~ 川崎伊達家


≪登場は≫ 

本丸北側の舗装道路から登ると城山公園駐車場、トイレ有。

 

≪追伸≫

2021年春、搦手口付近(駐車場手前)の伐採が行われ、虎口・搦手道・土塁の遺構が見れるようになりました。

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